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86期の土屋繁之氏
86期 土屋繁之


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2017.05.14 高齢者医療の現状

                              土屋繁之(86期) 郡山医師会会長、医療法人慈繁会理事長

 私は郡山市内で99床の療養病床(医療保険病床:79床、介護保険病床:20床)の病院に勤めています。入院患者さんのほとんどは急性期病院で治療を受け、或る一定の病態で落ち着き、医療的管理必要性が高いことより自宅療養するには難しい方です。退院する方の多くはお亡くなりになって自宅へ戻られます。入院の長い方では10年という方もいて、当院における入院期間(在院日数)の平均は175日と急性期病院に比べるとかなり長期となっています。
 昨今の医療費抑制政策から厚労省はこれらの長期療養が必要な患者さんを自宅で看る(在宅療養)ように推し進めています。在宅療養となれば個人負担が増えますが、国が負担する医療費が減るという理屈からです。桑野会の皆さまには医療関係者が多くいらっしゃると思いますがいかがお考えでしょうか。確かに大病を患い倒れて長期療養が必要となった方の回復の見込みは殆んどなく現状維持がやっとです。しかし現在の急性期医療では脳卒中や心筋梗塞など生死に関わる急病で救急搬送されれば何らかの形で救命されます。その方たちが救命されるばかりに手が掛り、医療費がかさむと判断するのはいかがなものでしょうか。結果で評価するなら急性期医療で個人として生活することが難しいと判断されれば手を尽くさないと取り決めた方がはるかに解り易いし急性期医療費も抑制されます。しかし生きることを大切に考えてきた日本人の心が経済ありきの米国風に傾いてきていることは果たして良いことなのでしょうか。
 一般に慢性期病院に入院している方の管理は毎日が穏やかに過ぎて急性期のような厳格な管理は殆んどないです。しかし毎日の管理が無くなれば現在の病態が急変する可能性を秘めた方ばかりです。今落ち着いているから、この病状なら在宅で十分だろうという判断を厚労省が診療報酬(レセプト)から勝手に判断するのはとても危険です。またそのように潜在的にリスクの高い状態で自宅へ戻されるご家族にとっての心労は計り知れないものがあります。大きな変化がなくても手を掛けることは急性期も慢性期も同じです。手を掛けることを止めればすぐ悪化してまた命に関わる病態となります。そしてまた高齢者の救急搬送が増えて急性期医療費が増大します。このような悪循環が起きるという推測は厚労省の役人なら簡単にできることですが彼らはそれを無視して少子高齢化・社会保障費減少などのお題目を唱えながら在宅医療政策を推進しています。
 私は病院入院、施設入所から在宅療養へ移行することはこれからの時代仕方ないことと考えています。まさに少子高齢化で社会保障費が充分確保できないなか高齢者医療をどうするかとなれば個人負担で親族の面倒をみることが当然となります。それがまさしく在宅医療のことでしょう。しかし医師(医科、歯科)や看護師、機能訓練士、ケアマネージャーなど多くの職種の関わりが求められる在宅医療において人材確保が難しい今の福島県にこの政策を強引に推し進められればいずれ破綻が生じ多くの地域住民が困り果てます。東京や大阪のようなマンパワーが余っているとことはうまくいく可能性は高いでしょう。しかしそのような一極集中型の医療の在り方に傾倒することは国全体の政策としてはいかがなものでしょうか。今はじっと高齢者を大切にし、みんなで面倒見るのだという家族的な取り組みこそ求めるべきと思います。
 世の中高齢社会となり日本全国で認知症対策が大きな問題となっています。日本はなぜ認知症社会となったのでしょうか。高齢化が原因でしょうか。いや私は違うと思っています。その大きな原因は核家族化です。爺さん、婆さんとなっても同じ屋根の下で家族が暮らせば、孫の世話をしたり、掃除・洗濯をさせられたりと"ボケてる"暇なく何かをさせられます。しかし老老介護や独居老人となるから周りとの関わりがなくなり"ボケる"のです。その挙句が大病して倒れ、長期にわたり療養しなければいけない病状となると"邪魔者"扱いされ時代に切り捨てられるようになるのです。日本のために働いてきた国民がこのような終末期を迎えることは果たして仕方ないことなのでしょうか。
 結論が見えないなかで毎日忙しく老人医療に取り組んでいます。桑野会の皆さま、ご自分の老後はご自分で設計して準備してください。国はこれからの"高齢者"を決して守ってくれません。忘れていました。官僚の方がおいででしたら田舎医者の戯言とお許しください。有難うございました。

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