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65期の中路信氏
65期 中路 信


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2011.06.05 東京桑野会の会旗

 会旗製作の思い出(製作:1968年11月3日) ・・・ 平成10年度会報より抜粋
                                                       中路 信(65期)

 毎年の東京桑野会総会会場を飾る紫の旗は、製作されてから今年で30年になる。丁度一世代を経過したので、この旗の製作の経緯と、当時の思い出を記録しておきたいと思う。
 その頃の東京桑野会は、総会への出席人数も少なく、勿論現在のような立派な会報もなく、各年度の在京者名簿さえ揃っていなかったようであった。当時の会長は、壁谷祐之さん(大正7年30期)で、これを大変憂慮し、東京桑野会のシンボルとしてこの会旗を作り、会の活性化を図ろうと決意されたのであった。
 昭和43年、私は、会の年度幹事をしていた同期の津野宣夫君に誘われ、それまで会の存在も知らず、全く無縁で過ごして来たこの会のお手伝いをすることになった。銀座の交詢社で行われる何回かの総会準備の幹事会に顔を出し、最年少であったから先輩方の使い走りをすることになった。
 壁谷会長から「会旗」を作れと命ぜられ、デザインをどうするかで困った。金は先輩方が工面すると言うものの変なものは作れない。考えた末に思い出したのは母校の恩師「水田莊介先生」である。安積の先輩(大正14年37期)で美校(現東京芸大)出身、母校愛が強く、昭和23年安積高校の新校章制定の時の選考委員であり、かつ、ご自身で「安」の字を桜花にデサインして、校歌も応援歌も「安中」から「安高」へそのまま引き継げる新校章にして下さった方であるから、必ずや良いデザインをして下さるに違いないと考えた。先生にお手紙を差し上げ、高校卒業後十数年のご無音を綿々とお詫び申し上げた上、会旗のデザインをお願いした。
 水田先生は、かって担任したクラスの教え子をよく覚えていて下さり、早速に慈愛溢るるお手紙と共に、彩色された会旗のデザインを送って来て下さった。会長に報告したら、大変喜んで、これに決定し、「東京桑野会」の題字は、橋本万之介参議院議員(明治27年11期)の揮毫をとることにされた。その時、会長から「万之介さんは一橋の大先輩でもあるからね」と言われたことを思い出すが、当時の私には、遠い大先輩のことは別世界のことのように思われ、キョトンとしていた。

 左の写真は挨拶する古川清会長だが、その後ろに写っている旗が「東京桑野会会旗」である。

(写真は、2010年6月1日撮影)

 このデザインを持って馬喰町の「三上旗店」に行き、製作を注文をした。老舗だから丁寧に応対してくれた。「デザインには忠実に」と「長年経っも、色あせがしないような染色を」の二点を、くどいほど注文した。30年経った今、この店の前を通る時、店の人達の誠実さを懐かしく思う。製作費は金額はよく覚えていないが、旗の受渡時に現金決済をしたので、当時の私の月給の何倍かしたように思う。
 この年の11月開催の総会は、会旗が出来たこともあってか、出席も良く華やかであった。会旗のデザイン作成の水田先生が特別招待されたので、私も久しぶりに先生にお目にかかることが出来、面目をほどこしたのであった。壁谷会長が、同期生の芥川賞作家「中山義秀さん」や、現会長の「澤田さん」に、この総会に出席してもらうのに大奮闘されておられたことを思い出す。
 中山義秀さんは、食道ガンを手術された後で、包帯が見える着物姿であったが同窓生との会合を楽しんでおられる様であった。たしか、この時壁谷さんと一緒に撮った写真が、文芸春秋の看板グラビアの「同級生交歓」に、総会直後の号で掲載され、同じ号に母校校舎の写真も掲載されたと記憶する。中山義秀さんは、その次の年の8月にお亡くなりなったから最後の総会出席であったと思う。
 澤田さんを遠くから見たのも、この総会の時が初めてであった。「日銀に“澤田天皇”あり」と商社や銀行から恐れられている人だと、先輩方が言うのを聞いて、どんな人だろうと思っていた。当時の澤田さんは、現役のパリパリの時であったから、眼光鋭く威風あたりを払う風情で、確かに評判通りのお人と仰ぎ見ていたのだった。壁谷会長が「いずれ東京桑野会は、この人に託して活性化をせねばならない」と必死になって努力されていた姿が目に浮かぶ。現在の若い世代の会員は、好々爺然たる澤田会長のご様子しか知らないと思うので、敢えて30年前の様子を記録しておきたい。
 この総会で、呑気者の私も、安積の先輩・後輩の絆を強く意識するようになったが、その後の総会には、海外出張や会社業務の多忙にかまけて欠席することが多くなってしまった。退職した最近は、また出席出来るようになり、先輩・後輩にお会い出来るのを楽しみにしている。年に一度、懐かしい「会旗」に会い、蛮声をあげて校歌や応援歌を唱うのも楽しい。「会旗」を大事に引き継がれて来られた幹事の方々と、この会旗作成のため情熱を注がれた今は亡き諸先輩に、深く感謝申し上げたい。     (65期 中路 信)       本人注)平成十年度 東京桑野会会報に寄稿。

 【東京桑野会の旗の由来】
1.製作年月 1968年11月
2.当時の会長 壁谷祐之 大正7年卒(30期)   同期生には、芥川賞作家 中山義秀
3.デザイン 水田莊介 大正14年卒(37期)東京美術学校(現芸大)
4.題字 「東京桑野会」 橋本万之介(明治27年 11期) 参議院議員の字
5.製作会社 浅草橋 (株)三上旗店    日本橋馬喰町一丁目12−6 電話 03−663−8841

編集部注) 原稿は、平成10年(1998年)1月に執筆され、同年4月に会報bQ0号に掲載されました。原稿執筆当時は製作から30年でしたが、現在2011年6月ですので、43年になります。読み替えてください。

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