タイトル2

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71期の塩谷哲夫氏
71期 塩谷哲夫
2007.06.03 「ブラジルからの熱い風−ブラジルのサトウキビ生産事情」 に続く第2弾
 世界で注目される、バイオガソリン 「ブラジルにおけるサトウキビエタノール事情」

山崎農業研究所 機関誌『耕』108号より
ブラジルにおけるサトウキビエタノール事情
塩谷哲夫(東京農工大学名誉教授、執筆当時在ブラジル:JATAK農業技術普及交流センター)

〔特集:バイオマス利用の可能性を探る〕
 自動車燃料として、ガソリンとアルコールとどっちが得か? いま、ブラジル社会では、何時までも続くわけでもないだろうが、ちょっとした騒動が持ち上がっている。

1.バイオエネルギー利用の「超先進国」ブラジル
 ご存知かどうか? ブラジルではガソリン燃料の自動車と並んで、「昔から」エチルアルコール燃料車が走っている。ブラジルは再生可能エネルギー利用の超先進国である。かつては、「石油が出ないからといってサトウキビをたくさん作って、それから作るアルコールで車を走らすなんてばかげているよ。何時まで続くものやら」と、ブラジルのアルコールの自動車燃料化政策はお笑いものだった。
(注:現在では、リオ・デ・ジャネイロ沖に海洋油田を掘り当て、鉱石XISTO からも石油を精製して、自給石油で国家のエネルギー需要の40%を賄っている。そしてサトウキビ由来のエネルギーは、水力発電の14%と肩を並べる13%を供給している。ちなみに、薪炭も13%と貢献している(鉱山エネルギー省2005 年発表(InsutitutoFNP,2006)。)
 ところが、今では「ブラジルのバイオエネルギー利用はすばらしい! 日本にもアルコールを少し分けてほしい」と、小泉首相(2004 年9 月)をはじめ、日本からのアルコールねらいのブラジル詣でがひっきりなしにやってくる。ブラジルのルーラ大統領(そんな名前ははじめて聞いた?ですか。ラテンアメリカの「アンチ・ブッシュのアメリカ」連合の代表格の、根っからのプロレタリア出身の労働党大統領である)はたくさんの閣僚を引き連れ、昨年5 月に日本を訪問した(それも知らない? 無理もない! 日本の情報メディアはほとんど報道しなかったのだから)。

2.エタノールをめぐる日伯間で結ばれた取り決め
 しかし、ここで重要な取り決めが交わされたのだ。「ブラジル農務省と日本国際協力銀行JBIC との間で『アルコール生産に関する議定書』が調印された」とホベルト・ホドリグェス農務大臣が発表した。彼はパウリスタ総合大学の教授、単協組合長、世界農協連会長経験者である。 [写真1 どこまでも続くサトウキビ畑]
 JBIC が350 万ドル、ブラジル経済開発銀行が300 万ドルの資金を出して、ブラジルのサトウキビ生産拡大、アルコール工場建設、輸送貯蔵インフラ整備に融資するとのことである。ついでに紹介すると、このプロジェクトの可能性調査を「パシフィック・コンサルタント・インターナショナル」が受託するらしい(Gazeta Mercantil,05/04/27)。
 実はこの話は、すでに04 年の9 月に私の耳に入っていて、この件がらみで、日系人の元ブラジル政府高官から、製糖会社などから資金を提供させるから、日伯共同でビッグな研究プロジェクトをやらないかと持ちかけられた。「提案文書」は今も手元にある。私の所属するJATAK では、対応するのに余りにも大きすぎる話なので、日本の農林水産省の研究を統括している機関の幹部に知らせたが、残念ながら何の反応もなかった。

3.「フレキシブル車」ってなんだ?
 さて、冒頭に問うた、自動車燃料として「ガソリンとアルコールと、どっちが得か」の話に戻ろう。私の答えは、「ついこの間まではアルコール。今はガソリン。そしてしばらくしたらアルコールかな(?)」である。答えを出すカギは、ガソリンとアルコールのユーザー末端購入価格のバランス、そして、両燃料の燃費のバランスにある。すなわち、同じお金を払って、ガソリンとアルコールとで、どちらが余計走れるかという比較優位の問題である。このバランスの内訳は後で話すことにして、まず、ブラジルの自動車事情とサトウキビ事情について話しておきたい。
 つい先ごろ、ドイツのボッシュ社の開発によるらしいが、燃料がガソリンとアルコールかを判断してエンジンの稼動を制御する装置がブラジルの自動車に取り付けられた。日本のガソリンと電気エネルギーを切り替える「ハイブリット車」ならぬ、ガソリンとアルコールの「フレキシブル車」(多種燃料適応型自動車)と呼ばれている。燃料タンクは一つで、ガソリンとアルコールのどっちを入れても良いし、ガソリンにも20%のアルコールが混ぜてある。ブラジル全国自動車工業会は、2005 年中に全自動車生産量の50%になると豪語していた(結果はいまのところ?)。(注:なお、ブラジルにおける日本車のシェアは非常に小さいらしく、インターシティーの自動車道路を走行していても、日本車にはめったに出会わない。乗用車ではフォルクスワーゲン、シボレーなど、大型バスやトラックではベンツ車が多いようである。そして、輸入のガソリン車に20%アルコール混入のガソリンを入れて走っても、特に何か支障が発生したと言う話は聞いたことがない。だから、ブラジル人から「日本が考えているらしい5%程度のアルコール混入ガソリンを使ったからと言って日本のガソリン車に何か問題が起こるのだろうか?」と聞かれても、私は「知らない!」と答えるしかない。)
 さて、これに応えて、政府はサトウキビからの砂糖とアルコールの生産比率をアルコール側に大きくシフトするように指導した(従来の、アルコールのシェア51%を最大57%までに)。
(注:ただし、その背景には、国内事情だけでなく、先に見たように日本がほしがったり、それ以上に、アメリカやインドが大量買付けに走っている国際需要の著しい増大がある。ブラジルのエタノール輸出量は、2004 年には2001 年の7.5 倍にも拡大した。ブラジル産エタノールの輸出先は2005 年上半期データで、断突1 位は高度成長にエンジンがかかったインドである。なんと、2001 年にはゼロだったのに、2005 年にはブラジルからの輸出量の20%を買い占め、この時点で27%のシェアを占めている。インドは何に使っているのだろうか? 第2 位が日本で13%。2004 年にはインドに迫る18%を買っていたアメリカ合衆国は9%と買い控えている。しかし、今年2 月28 日の米エネルギー省は、ブラジルからのエタノール輸入の拡大見通しを発表した。理由は、米国で行なわれているガソリン添加剤MTBE には発ガン性の疑いがあり、水質汚染をももたらしているので多くの州で使用を禁止し、それに代わる添加剤としてブラジルのエタノールを輸入するということである。日本もエタノール添加で自動車排気ガスによる汚染を軽減したいと考えているようである。)

4.ガソリンとエタノールを比べると…
 今まで述べてきたように、ブラジルはこれほどのエネルギー資源大国なのに、自動車燃料価格は高い! ガソリンの平均的価格は1L あたり2.5 リアル(R$)である。日本円にすると138 円くらいに当る。すなわち、石油の純輸入国の日本のガソリン代よりも高いのである。賃金、物価の水準が日本よりかなり低いブラジルなのだから、ガソリンの値段はとんでもなく高い。よくもこんな値段の燃料代を払ってブラジル人は車に乗っているのだろうと思ってしまう。でも、広いブラジル、サンパウロならメトロもバスもあるが、田舎じゃとても暮らせない。私の住まいから一番近い食料品のお店まで8km もあるのだから。
(注:ブラジルの通貨のリアル(R$)に対して、昨年来米ドル安が進行しており、それに連動して日本の円も下落している。ちなみに、昨年の初め頃は1R$ が40 円ぐらいだったのに、現在はR$ が高騰して1R$が55 円にもなっている。日本から円を米ドルに換算して送金を受ける私は、昨年と同額を貰っても、3 割近くも使用価値が目減りしてしまうので困っている。)
 一方アルコールの価格はサンパウロ市内では平均R$2.0(110 円)である(私の住んでいるのはサトウキビ地帯の真っただ中で、中心都市のヒベロン・プレト(RibeiraoPreto)では少し安く、R$1.8 程度である)。サンパウロを基準にすると、リッターあたりの価格はガソリンがアルコールより25%高である。「それじゃあ、アルコールにしよう」というとそれは間違いである。リッターあたりの走行距離(燃費)がガソリンとアルコールでは違うのである。アルコールの燃費はガソリンの65%程度らしい。

5.アルコールが足りない !?
 ここまで来るともう謎解きは終わったことになる。つまりアルコール燃料価格はガソリンの65%で引き合うわけである(ただし、政府はアルコール車普及拡大のために、車の価格をアルコール車、フレキシブル車のほうを低く抑えているので、燃料価格だけでは正しい比較は出来ない。耐用年数もちがうかな?)。政府はアルコールを自動車燃料に使用することを決めた際に、アルコール価格はガソリンの60 〜 70%に設定したとのことである。
 だから、ガソリンがR$2.5 なら、アルコールはR$1.75 〜 1.5 ぐらいでなければ、安いアルコール車の購入、利用者は「合わない」わけである。ところが、アルコールが不足してアルコールが値上がりし、俄然、アルコール車が不利になったわけである。私の友人はフレキシブル車に、今までのアルコールに替えてガソリンを入れた。
 政府の思惑と、民間企業の業界との思惑は往々にしてすれ違うものである。サトウキビ業界、燃料業界にしてもそうである。カーニバルを前にした2 月下旬、新聞には「燃料価格うなぎのぼり−エタノールもガソリンも」、「ガソリンスタンド青息吐息−エタノール供給停止」、「アルコールがなくなる! うわさ広がり、業界一時騒然」などの見出しが躍った。いくつかの大手のアルコール工場がガソリンスタンドへの供給を中止したらしいというので騒ぎが始まった。多くの配給業者が卸を止めた。

6.きっかけは、世界で砂糖が足りないことらしい
 このような事態が起こった原因は、国際砂糖価格の急騰にある。砂糖価格が過去24 年間の最高の値をつけたらしい(サンパウロ新聞、1 月28 日)。その背景には、EU がWTO の裁定(ビートの補助金による生産)を受けて今年の輸出を550 万t から127 万t に減らすことになり、ブラジルの砂糖に大幅な追加需要が生まれると予測される。そうなったら、政府がなんと言おうと、サトウキビをアルコールにするより砂糖にしようと動いたわけである。
 ところで、3 月19 日にサンパウロのホテルで見たNHKTV・BS ニュースでは、「日本の精糖各社が相次いで砂糖の10%程度の値上げを発表した」と報じていた。その背景を、「原油高のあおりを受けて、サトウキビ原料のエタノール燃料の需要が高まり、サトウキビがエタノール加工に向けられ、砂糖が不足した」と解説していた。それは、基本的には誤りではないが、生産・流通の現場の動きはもっとダイナミックに変動している。
 ちょうど今は、サトウキビの収穫が始まる前で、原料サトウキビの端境期でもある。ホドリグエス農相はアルコール生産者に対して、価格急騰と供給不足は、エタノール燃料の国際的サプライヤーとしてのブラジルの信頼を低下させると警告し、エタノールの値上がりの激しい南部地帯でのエタノール供給を確保するために、パラナ州サントメ郡での収穫を早めるように指示した(サンパウロ新聞、2 月25 日)。
 また、政府は、ガソリンへのエタノール混合率を、これまでの25%から20%へ引下げるように指示し、ロンドー鉱業エネルギー相は、エタノールの輸入関税20%を一時免除し、他国からの緊急輸入措置をとることを発表した( 3 月21 日)(安く売ったブラジル産が高値で戻ってくるのか?)。さらに、ペトロブラス(ブラジル石油公社)は、同社による毎月2 億4,500 万L のガソリン輸出を今後しばらくは9,800 万L に減らすことにした。

7.強気で、サトウキビ生産拡大へと走るブラジル
 基本的な傾向としてのサトウキビ原料アルコールの国際的な需要が高まることは間違いなく、ブラジル政府、加工業者、原料生産者は、サトウキビ生産拡大に強気で臨んでいる。ホドリグエス農相は、サトウキビ栽培面積を、現在の約600 万ha から、10 年後には900 万ha に拡大できるとの見通しを発表した(サンパウロ新聞、3 月3 日)。ブラジルの農林統計情報の調査機関であるInstituto FNP は、2005 / 2006 年の550 万ha、423 百万t のサトウキビ生産が、2014 / 2015 年産では937 万ha,768 百万t へと7、8 割の生産拡大がなされ、そして、砂糖は42,774 千t、アルコールは41,085 千t 生産され、アルコールの国内消費が26,582 千t、輸出が14,000 千t になるだろうと予測している。生産地域は圧倒的にサンパウロ州が中心で、2005 年6 月現在で、栽培面積の48%、生産量の64%を同州が支配している(Inst.FNP,2006)。
 製糖用機器類のメーカーも強気の見込みを立てて政府に投資を要請している。大手のデジニ社は農務省に対して、ブラジルが内外市場の需要を満たすには、2011 年までに5 億7 千万t の生産が必要で、それには739 の製糖・アルコール工場(USINA)を設置する必要があり、143 億レアル(8 千億円近く)の投資が必要だと報告している。現在、343 工場で3 億8 千6 百万t を生産しており、建設中の工場が27、企画中が29 件あるとのことである。
 こんな風に、ブラジルのサトウキビエタノール生産の勢いは、時代の風を受けて、容易には止まりそうにない。そればかりではなく、バイオディ−ゼルの生産にも、ルーラ大統領の期待を込めたプロジェクトが走り始めている。原料の油料作物がブラジルには「バスタンチ」(沢山)ある。 [写真2 大型機械による収穫] [写真3 苗用の手刈り作業]

( 会員 JATAK 農業技術普及交流センター所長) 

                                          (東京農工大学名誉教授、71期:塩谷哲夫)

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